学校管理下における柔道事故を考える(3)

【加速損傷】
加速損傷,回転加速度損傷というコトバが飛び交っていますが,
そもそも「加速損傷」というのは,どういう損傷なのかを記録しておきます.

衝撃:外力が頭部に直接作用すること

衝撃により頭部が直線的に加速されて,脳損傷が発生することを並進加速度損傷,
衝撃により頭部がある回転軸を中心にして加速されて,脳損傷が発生することを
回転加速度損傷という.
(並進加速度損傷についてはここでは記録しません.)

回転加速度損傷(物理,力学の用語ではなく医療で使われている言葉で説明)

頭部に回転加速度が加わった時に,硬くて軽い(動きやすくて止まりやすい)頭蓋骨と
柔らかくて重い(動き出しにくく止まりにくい)脳は同一の動きをしない.
つまり,衝撃により頭蓋骨(動きやすい)と脳(動きにくい)にはズレが生じる.
この時,硬膜とクモ膜との間にある架橋静脈(硬膜の静脈洞と脳表の静脈をつなぐ)が
伸展され,ズレが強いと破綻し,出血が硬膜下腔に広がり急性硬膜下血腫となる.

これが回転加速度損傷の発生メカニズムである.

メディアを通して,野地氏が「頭を打たなくても起こる」と述べているようであるが,
これはshaken baby syndrome (このコトバも今はあまり使われない)のことを
言っているのか,乳幼児以外で言っているのかがわからない.

臨床スポーツ医学の特集で野地氏はスポーツにおける頭部外傷に
ついて記述しているが,「衝撃により」という記述があり,
「頭を打たなくても起こる」という記述(それに類似したもの)はみられない.
また,野地氏が参考にしていた脳神経外科学においても「衝撃により」と
いう記述があり,「頭を打たなくても起こる」という記述はみられない.
「頭を打たなくても起こる」というコトバはどこから出てきたのだろうか.

ここで,少しだけ shaken baby syndromeについて記録をしておく.(細かくは触れない)
1974年にCaffeyが虐待による特殊な受傷機序(頭部外傷)として
whiplash shaken infant syndrome を報告した.
この報告以降,虐待が重要視されて,虐待による頭部外傷すべて 
shaken baby syndromeとして総称される傾向になった.
しかし,1987年に Duhaime らは実験的に shaken のみでは硬膜下血腫やび漫性軸索損傷は
発生しないとし,shaking + impact が受傷機序であるとしている.
ただし,その後の虐待による頭部外傷の研究(Duhaimeら,Leestma)では,
受傷機転が「揺さぶりだけ」がわずかにみられる(計400例中2~3%程度).

上記した「揺さぶりだけ」というのは,軽い外傷,たとえば畳で転倒したとか
ベッドから転がり落ちたなどの日常の小さな事故で発生するものと同様で,
主として1歳児前後の乳幼児に特有の頭部外傷(急性硬膜下血腫)である.
幼児は,後頭部を打った時,大脳が頭蓋内で回転しやすい解剖学的特徴がある.
また,小児は架橋静脈が脳表からすぐ上の硬膜静脈洞に垂直に入るため,
断裂を起こしやすいと説明されている.(成人は脳が回転してもある程度余裕がある)

【頭を打たなくても加速損傷は起こる】
頭を打たなくても加速損傷は起こるのか,それとも起こらないのかと
質問されれば,私は「起こる」と答える.
上記した内容の通り,
1.乳幼児特有(解剖学的特徴がある場合)のもの と
2.頭部に衝撃がなく,ズレが生じるほどの回転加速度が頭部に加わる状況が作れれば である.
マスメディアがよく用いる論文(アカゲザルでの実験)のデータをみてみると
脳震盪を起こした猿で,回転加速度が40000rad/s2で,持続時間が10msec以上と
なっている(人間の推測値1800rad/s2程度,詳細は記さない).
柔道固有の動作(頭を打たない)で,これだけ回転加速度が頭部に
加わるのだろうか…疑問である.



学校管理下における柔道事故を考える(4)という形は 論文で.

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