レイティングを用いた対人競技における競技力評価法の開発

石井孝法(了徳寺大学) 
鈴木雄太(大阪市立大学)

この研究は,科学研究費助成事業で実施されたものです(研究課題/領域番号18K17862).covid-19の影響を受けて,スポーツ活動も制限されたため,コーチング現場での調査が遅れてしまいました.現在,論文執筆中ではありますが,研究の一部を活用して,世界選手権大会を分析し,それを広く一般の方々にも公表したいと思います.本研究は公的資金で実施しておりますが,研究の成果は著者自らの見解等に基づくものであり,所属研究機関,資金配分機関及び国の見解等を反映するものではありません.

【ランキングとレイティングについて】
 私たちの身の回りには,「ランキング」が溢れています.私たちが通っていた学校にもランキングがあり,買い物するときもランキングを使っています.例えば,高校や大学では,偏差値や人気度でランキングがつけられています.楽天やAmazonで買い物をするときは,新着ランキング,人気度ランキング,売れ筋ランキングがあります.少し意識を傾けると,様々なところにランキングがみられます.みなさんが気づいていないかもしれませんが,google検索エンジンやNetflexにもランキングの科学が盛り込まれています.そして,私たちはそれを利用して,商品を選んだり,映画を観たりするわけです.つまり,ランキングという情報を活用して,選択という意思決定をすることになります.
 さて,スポーツではどうでしょうか.もちろんスポーツにもランキングはつきものです.パフォーマンス型スポーツでは,勝敗を争うため,必ずランキングされます.このランキングでチームや選手が評価されます.これだけでなく,スポーツ賭博でも様々な視点でランキングされています.私の口から「スポーツ賭博」と聞くと違和感があるかもしれませんが,国際的にみればスポーツベッティング,スポーツギャンブルの市場は非常に大きく,文化として普及していると言ってもいいと思います.私は日本柔道ナショナルチームのサポートでゲームパフォーマンス分析を実施していますが,ランキングやレイティングに興味を持った理由は,スポーツ賭博の中で実施されているチーム分析や選手分析のレベルが非常に高かったからです.対人競技では,競技力を数値化することがとても難しいです.しかしながら,数値化することで,課題を抽出したり,対策を練ったりすることが可能だと考えました.これは,「数値の力」を直接的に活用するというよりも「人がランキングを異常に意識している」ということを利用することで,選択・意思決定にアプローチができると考えたからです.「数値ではそうなのね」だけで終わらせずに,行動につながる力があります.
 で,少し話を戻しますが,ランキングは競技ごとに基準が設けられています.国内では,プロ野球やJリーグのランキング制度がわかりやすいかもしれません.全チームが総試合数を合わせて試合を行い,勝率,勝利数,直接対決勝利数などを基準にランキングします.国際的なランキング制度になると,出場選手や出場チームの年間試合数が異なるため,複雑になるケースが多いです.柔道のランキング制度はテニスを参考に作られていると思いますが,スポーツ先進国有利な制度であることは否定できないでしょう.競技ごとに様々なレイティング手法が用いられていますが,ランキング問題にぶつかることはしょうがないと思います.

ランキング問題というのは
「あるグループの要素を重要度順に並べよ」という上品なくらいシンプルでありながら,その解決法は複雑でパラドックスや難問に溢れている.

レイティング・ランキングの数理より

スポーツ賭博向けの情報サイトでは,様々なレイティング手法が用いられており,非常に興味深いです.その中でも,柔道を分析するのに適しているものを探して,分析をしてみました.手法の詳細はここでは伏せますが,レイティングを用いて2021世界選手権大会の優勝確率を算出してみましたので,一部紹介したいと思います.
*ここまで,さんざん「ランキング」と「レイティング」を用いましたが,区別して利用していますので,その説明を記載しておきます.

ランキング vs. レイティング
 要素のランキングは要素のランク順に並べたリストである.つまり,ランキングベクトルは1からnの整数の順列である.
 要素のレイティングはそれぞれの要素に数値得点を与えたものである.レイティングリストをソートするとランキングリストを作れる.

レイティング・ランキングの数理より

【2021世界柔道選手権大会60kg級の優勝確率およびベスト4確率をレイティングを用いて算出してみた】

 国際柔道連盟はjudobase.ijf.orgという大会情報データベースのサイトを運営しています.ここに公開されている情報を収集し,選手をレーティングします.全日本柔道連盟の予算を利用して活動(情報収集)したものではありませんし,あくまでも公開情報のみを利用していることを重ねて記載しておきます.

データベースから抽出できた217157試合から選手レイティングを行いました.以下がその結果です.
1700p越えをハイライトしてます.1700~1800を黄色,1800~2000をオレンジ,2000~を赤.

List of competitors -60 kg
R  
1 NAGAYAMA Ryuju  JPN 2076.4 1. seed (1. place wrl)
2 GARRIGOS Francisco  ESP 1787.8 2. seed (6. place wrl)
3 KYRGYZBAYEV Gusman  KAZ 1723.6 3. seed (11. place wrl)
4 TSJAKADOEA Tornike  NED 1766.3 4. seed (12. place wrl)
5 TAKABATAKE Eric  BRA 1605.9 5. seed (13. place wrl)
6 VERSTRAETEN Jorre  BEL 1715.3 6. seed (14. place wrl)
7 KHYAR Walide  FRA 1729.9 7. seed (17. place wrl)
8 MCKENZIE Ashley  GBR 1679.9 8. seed (18. place wrl)
9 GERCHEV Yanislav  BUL 1570  
10 PULKRABEK David  CZE 1565.3  
11 DIAZ Adonis  USA 1461.7  
12 CALLE Dilmer  PER 1368.9  
13 RAMOS Jose  GUA 1417.1  
14 PRECIADO Lenin  ECU 1592.6  
15 KATZ Joshua  AUS 1530.5  
16 BASSOU Issam  MAR 1533  
17 PLAFKY Moritz  GER 1562.8  
18 NURILLAEV Kemran  UZB 1739.9  
19 RASHNONEZHAD Mohammad  IRT 1526.6  
20 LESIUK Artem  UKR 1622.8  
21 MAMMADSOY Davud  AZE 1649.2  
22 STARKEL David  SLO 1476.8  
23 KHALMATOV Dilshot  UKR 1501.2  
24 MILIC Nemanja  SRB 1505.6  
25 HUSEYNOV Karamat  AZE 1688.7  
26 AKKUS Mihrac  TUR 1622.1  
27 BOUDA Romaric Wend-Yam  FRA 1692.7  
28 ABULADZE Yago  RJF 1865.5  
29 FOCA Nicolae  MDA 1437.2  
30 SHAMSHADIN Magzhan  KAZ 1573.7  
31 KOGA Genki  JPN 1815.9  
32 MOROCHO Steven  ECU 1589.8  
33 LEE Harim  KOR 1632.2  
34 LEUNG Hon Man  HKG 1264  
35 KOKOLAYEV Matan  ISR 1560.8  
36 AIBEK UULU Kubanychbek  KGZ 1342.9  
37 YILDIZ Salih  TUR 1684.6  
38 MONTES Luis  NCA 1295  
39 LKHAGVAJAMTS Unubold  MGL 1631.5  
40 AKKASH Mohamad  IRT 1315.3  
41 ALDHUFAIRI Omar  KUW 1383.4  
42 SADDIKI Younes  MAR 1477.1  
43 LOPES Rodrigo Costa  POR 1389.9  
44 DE BARROS E SILVA Alexandre  CPV 1458  
45 AHMAD Khaled  IRT 1400  
46 ALALI Meshal  KUW 1381.6  

過去217157試合からレイティング差の上位勝利確率をみると以下の通りとなります.レイティング100点差で上位選手の勝率が70%,300点差で90%になります.620点差以上では過去に番狂わせはありませんでした.

ドローが終わり,コンテストシートが出ていますので,それを用いて,レイティング差における勝利確率から対戦をシミュレーションして,優勝確率を算出しました.何度も同じ大会が行われたという条件(詳細は伏せますがたくさんの数)で計算してます.
*小さい山は,レイティングが小さい方を削除してます.ですので,ベスト32の状態からスタート.

ドロー表の並び順 優勝確率(%) ベスト4確率(%)
1 NAGAYAMA Ryuju 63.7 80.91
2 NURILLAEV Kemran 0.8 3.75
3 FOCA Nicolae 0.0 0.03
4 HUSEYNOV Karamat 0.7 4.18
5 KHYAR Walide 2.0 9.57
6 KATZ Joshua 0.1 0.51
7 BASSOU Issam 0.1 1.05
8 CALLE Dilmer 0.0 0
9 KYRGYZBAYEV Gusman 1.6 25.25
10 YILDIZ Salih 0.8 14.7
11 LOPES Rodrigo Costa 0.0 2.69
12 PLAFKY Moritz 0.0 3.49
13 TSJAKADOEA Tornike 3.3 39.61
14 PRECIADO Lenin 0.1 3.86
15 LKHAGVAJAMTS Unubold 0.2 9.77
16 DIAZ Adonis 0.0 0.63
17 GARRIGOS Francisco 4.3 32.91
18 DE BARROS E SILVA Alexandre 0.0 0.19
19 KOKOLAYEV Matan 0.0 0.93
20 KOGA Genki 5.5 37.06
21 VERSTRAETEN Jorre 1.6 18.64
22 MOROCHO Steven 0.1 2.74
23 SHAMSHADIN Magzhan 0.2 2.35
24 LESIUK Artem 0.3 5.18
25 ABULADZE Yago 13.0 57.97
26 BOUDA Romaric Wend-Yam 0.6 8.42
27 MCKENZIE Ashley 0.6 10.57
28 AIBEK UULU Kubanychbek 0.3 5.99
29 TAKABATAKE Eric 0.3 9.58
30 LEE Harim 0.0 0.45
31 GERCHEV Yanislav 0.1 6.74
32 AHMAD Khaled 0.0 0.28

世界ランキングトップ10全員が出場する場合は,一人の選手が50%を超えることはほとんどありませんが,今回は永山選手がダントツのNO.1で優勝確率63.7%でした.次いで,RUSのABULADZE Yago選手で13%.ベスト4確率をみると,どの選手が上がってくる可能性が高いかを予測することもできます.この確率は,ドロー表の変化で数値も変化します.

ということで,簡単ではありますが,レイティングを用いて優勝およびベスト4確率を算出してみました.これにより,勝ち上がり予測をすることが可能になり,事前の対策にも優先順位をつけることができると思います.先にレイティングを用いて課題を抽出すると言いましたが,今回は紹介することができていません.近いうちに論文でみなさんにみていただけるようにしたいと思います.

【大会を終えて】

結果 氏名

レイティング
(*ランキング)

優勝確率/ベスト4確率

優勝  ABULADZE Yago  RUS  1865.5 (2) 13.0% / 57.97%
準優勝  KYRGYZBAYEV Gusman  KAZ 1723.6 (8) 1.6% / 25.25%
3位  GARRIGOS Francisco  ESP 1787.8 (4) 4.3% / 32.91%
3位  HUSEYNOV Karamat  AZE 1688.7 (11) 0.7% / 4.18%

 *上記,表内のランキングはIJFの世界ランキングではなく,出場選手のレイティングシートをソートしたランキングシートの順位です.
今大会60kg級の出場者のレイティングを再確認してみます.平均値が1570,中央値が1568でした.また,出場者の中の上位25%(四分位数)が,1683でした.上記結果をみると,4名ともレイティングが上位25%に含まれる選手です.このことから,60kg級全体をみた場合は,波乱の試合とはいえず,実力上位者が勝ったことになります.番狂わせとしては,永山選手がHUSEYNOV選手に負けたところです.両者のレイティング差が400弱であったので,永山選手の勝率は94%でした(17回に1回は負ける可能性がある).HUSEYNOV選手の優勝確率とベスト4確率が低いので,「なぜ」と思うかもしれませんが,ドロー表の影響を受けて,永山選手と同じ山にいなければベスト4確率は25%近くになったと思います.ですので,ドロー表の影響は大きいです.古賀選手も1815.9と出場者の中で実力(レイティング)レベルは3位でした.KOKOLAYEV選手とのレイティング者は255ですので,勝率は85%でした(6~7回に1回は負ける可能性がある).
 ここで,一般的な大会前の予想はどうだったでしょうか.みなさんの予想を聞いてみたいです.今回の結果は3回に1回は起こりえる可能性があり,レイティング上位25%の選手がメダルを獲得しています.レイティングを用いた予想の精度が良かったのか悪かったのかは皆さんにお任せしたいと思います.選手を支援する目線でいうと出場選手全員の対策をするのか,上位25%に絞り対策をするのか,どうするでしょうか.「限られた時間で対策を練り,選手がそれを実行できるようにすること」を考えると,どこまで絞り込むのかも戦略になります
 ということで,今回の研究はいかがでしたでしょうか.「みなさんの考える」にアプローチできていれば幸いです.

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